行為の能動感,知覚の自己所属感,身体と自己の一体感,自己の同一性などが希薄化して,物事や自分自身についての実感が消失したさいの主観的な訴えに対して用いられる症状名。外の風景やそこにいる人物や木々が単に絵はがきでも見るようで,いきいきと感じられないと訴える現実感喪失,自分が自分として感じられなくなった,なにか今までの自分と違ってしまった感じがする,自分のしている行動に自分がしているという実感がない,自分の身体が自分として感じられない,などの人格感喪失が主観的に訴えられるだけで,他覚的には異常が見いだされない。これらは神経症,うつ病,統合失調症の症状として出現するほか,正常者でも疲労困憊(こんぱい)時に現れる。この離人症状だけが長期にわたって出現しているものを離人神経症depersonalization neurosisあるいは単に離人症といい,10歳代の後半から20歳代前半を中心に出現するものが多い。女子に多くみられるとされ,一定期間の強い感動体験,感情の緊張が続いてそれが解消したとき,あるいはまったくいきなり出現し,数年間も持続する。治療は困難だが余病を併発することはまずない。主観的訴えが強く,そのため現実適応が困難になることもある。1992年の《疾病及び関連保健問題の国際統計分類》第10版(ICD-10)では離人・現実感喪失症候群depersonalization derealization syndrome,1994年の《アメリカ精神医学会障害診断・統計用語集》第4版(DSM Ⅳ)では離人症性障害depersonalization disorderとして掲載されている。
執筆者:中根 晃
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
1898年フランスのデュガL. Dugasによって初めて唱えられた精神病理学用語。それは生命的感情の喪失感であるが、通常「自分を取り巻く外界が現実のものと感じられない」という非現実感、「自分自身の存在の確かさが感じられない」という空虚感、「自分の体が自分のものだと感じられない」という非自己所属感の三つに分けられる。
20世紀に入り、これら対象を異にする三つの喪失感について異常心理学の立場から多くの論議がなされたが、しだいに、このような異なる異常心理の背後に存する全体的精神病理に目が向けられるようになり、神経症のみならず、うつ病や統合失調症(精神分裂病)初期における離人症症状にも注目されるようになった。
[荻野恒一]
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